形あるもの

雪が降っているよ。寒いわけだ。
杉田かおるが、蛍を見たことがないと言っていた。都会の人で蛍を見たことのある人はそんなにいないと知ったのはこっちに越してきてからだ。田舎にいたときは近くを探せば捕まえることもできたけれど、せっかく近くに住んでいるのだからといわゆる名所に連れて行かれたことがある。熊本に住んでいた頃なので、10年以上前のことだ。ともに関東育ちの両親はとても楽しみにしているようだった。向かう車の中で山下達郎を聞いていたことは覚えているけれど、蛍がどれだけ沢山いたか、どんな色だったか、思い出そうとしても思い出せない。生き物の発する光の強さには感動したけれど。「クリスマスツリーみたいだ」なんて素直に思っていた。
わたしには故郷がない。長く住んだ所ならば今住んでいる埼玉だが、「地元」ではあっても故郷ではない。花の冠の作り方と自転車の乗り方を覚えたのは福島だし、友達と虫を追いかけたのは熊本だし、初恋と、転校で初めて泣いたのは東京だ。どの記憶もばらばらで、束ねていなければどこかへ行ってしまいそうだ。その記憶だって思い出すたびに修正を加えて、何だか違うものになってしまっているような気がする。「あの街も変わった」と出張から帰ってきた父が言うと、手の中につかんでいたはずのものがいつの間にかこぼれ落ちてしまったように思う。思い出を保証するのはいつも自分しかいない。帰りたいといつも思っていたわたしは、一体どこに帰りたいのだろう。
いつか死ぬ場所に、わたしは根を張っているだろうか。漂うことに居場所を決めるだろうか。
まあ、全部きっと日本だし宇宙だけどね。


雪はみぞれになってしまったから積もったのも消えてしまうかな。少し寝ます。